最近は中国後漢の時代同様、やたら占い師が増えている、困ったものだね。
あいにく、この「運」学という分野は働く常識人には日常関心をもたれない学問であるから、素人さんは何がほんとで何がうそなのかもわからない。
まるでどっかの新宗教にいつの間にか入会してしまって、気がついたら抜けられない、といった状況と同じような場合もある。
「その結婚は間違いだった」「」「今年は結婚してはいけない」などという占い師はナンセンスだ。
運をわかっていない。
結婚はする時はする、しない時はしないのだ。
いつ結婚するのか、こんなことは五輪会ではものの1分で答えが出る。
結婚してしまうのだ。
本人がいくら今年中に結婚したいと思っても、しない年はしないのだよ。
来年結婚しよう、と思っても出来ないものはできない。
時がきたらするだけの話なのだよ。
だからそれを知ってさせいれば、ストレスなしにスムーズな気持ちで過ごせる。
また「引越ししたから体が悪くなった」「悪霊のいる家に引っ越してしまった」「家相、方位が悪いから不幸になった」というのもほとんどウソだからね。
さらに「玄関に水晶をおいたら運がよくなった」などというのもウソだよ。
引越しをしたということは、運が変わった、生活が変わった、吸う空気が変わったということだ。
変化があれば当然体調も変化するからね。
ハワイに住んでいた人がノルウエーに引越しをすると、気温も生活方式も、気候も、すべてが変わるのは当たり前のことだからねそれと同じなんだよ。
熱い国になじんでいた身体が今度は寒い国になじまなければならない、だから引越した当時は身体が新しい環境に早くなじもうとする。そのため消耗が激しくなるのだ。
その時体力が弱っていたり、ストレスでいっぱいであれば、病気になるというだけのことだ。
水晶をおいたら繁盛した、のではない。
その時何か手を打とうと考えて、占い師のところに走った。
つまりそう意図すること事態、運を打開しようという心境が強くなったということであり、そのような心境になるための動機となる状況があったということになる。
これが運のリズムの変わり目の現象である。
運が良くなる時を迎えたから、良くなるように行動し、手を打ったのである。
運とはどのようなことなのか、をしっかりと把握しないで、まことしやかな運の話にのると大変なことになるのだよ、オイきいとるか、寝るな。
パソコンゲームが流行っているが、運をゲームにしないことだ、人生をゲームにしないことだうp。
運をよくするために「水晶をここに置こう」「赤い壁にしたらよい」「黄色いさいふをもとう」などというのはゲームだ。
遊びだね。
本当に運のよい人生を送りたいんでしょう?だったら、もっと本格的に運を考えてみようね。
五輪会では「時」の計算をするのだよ。
時こそ運の基本だからね。
「時の利」というでしょう。
運が良いという状況はどうやってできているのだろう。
それは自分の判断が正しい、出会い、選択したことが良かったから、時の進むべき方位と自分の方針が一致している、ということを指すんだよ。
川の流れる方向、速度は決まっている。
それを無視して、逆に泳ぐと苦労する。
川の流れを読み、それに逆らわないで、自分の意志や意識を決めていく、それしかない。
どこに岩があり、どこが深いかも調べておいてさ。
人生である以上、別れは何回もある。
出発も何回もある。
それをたかが人間があやつろうとしてもできない。
時にあわせることによって、自分を発揮していく以外にないのだよ。
|