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ISEKAI(伊勢流陰陽五行学)連載記事

天然居士・伊勢瑞祥<誕生秘話> 第三回

深い信頼を得ることができた喜び、を知る。まったく違う世界にいた人間同士なのに こんなにも一体感をもつことができるのだ。実に陰陽一体の姿であった。

第三回

1・二番目の「天使」

深い信頼を得ることができた喜び、を知る。まったく違う世界にいた人間同士なのに こんなにも一体感をもつことができるのだ。実に陰陽一体の姿であった。


Tばあさんの紹介で、そのK社面接に行った。元M銀行の支店長であった人が、K社の人事総務部長であった。「わが社はこれから二代目に世代交代せねばならず、組織の近代化、人事の効率化を図っていきたい。君にはいずれその計画に参加してもらいたい」Tばあさんが事前にわたしを宣伝してくれていたのだろう。なんと本社ちかくのマンションまで用意してくれていた。給料も部長級の条件であった。社長の面接はなかった。


いよいよ親子三人、人生の再出発だ。一年間は横浜の日吉店の店長見習いであった。「まずは、この会社の社長の質をしりたい。本社とこの店では社長を見ることも話すこともできない」何か方法はないかと様子をみていたら「日報」というのがあった。ここには、毎日の売上高やその他経営数値等を記入し、さらに「備考欄」があった。そこにはその日一日の気が付いたことを記入するのである。わたしは「よし、これだ」と思った。
毎日、その「備考欄」には商品ディスプレイ、商品構成、人員管理、客への対応策などを「あまりにもなっていない」などと痛烈に批判した記事を書いた。「これでどんな反応をするかな。日報を見もしない、無反応であれば経営者は仕事不熱心だ、欲がないのだ」毎日その日報は本社に届けられる。「社長は果たしてこれを読むのか」一か月ほどが経った頃、最初は営業部長が様子を見にやってきた。社長に「どんな奴なのか、店の様子を見て来い」と言われたそうだ。そして数日後、二代目社長候補の息子である常務もきた。わたしはわざと奥に引っ込んで、なるべく話をしないようにしていた。「やっぱりここの社長は仕事熱心なんだな、細かい所まで注意する人なんだ。あれだけのことを書いて無反応じゃ、ダメな会社だ、働き甲斐がない。しっかり反応を示してくれたな」と、顔を見たこともない社長の姿勢を推測することできた。


この店で一つ勉強できたことがある。この会社では東京近辺の女子高校卒業者を採用し、 全員会社の寮で生活させるのだ。各店に散らばって配置されている女子が、仕事が終わる と会社の上司や同僚の話で持ちきりになる。わたしは女店員から「大人の男ってうるいのよね、怠け方が上手なのよ、動きが悪いもん」などと悪評がたてられていたらしい。また、 店のディスプレーを勝手に動かすと、大変な怒りを買う。わたしとってみれば、包装とか だんご団子セット、ひもの結びなどは初めてた。意見を言うと、プッツンされてしまう。 そこで考えた、「まずは何から何まで文句を言わず、全部いうことをか聞いてしまおう。面倒くさいし」と、2か月もそれを通した。するといつの間にか、わたしの話を聞いて くれるようになり、女子寮の評判も「あの人は良い人だ」に変わってしまったのである。


一年が経つと、わたしは本社の営業企画係となった。そして一か月後、総務部長から「話がある」と声をかけられた。「君のような人が、こんな古臭い組織では、一年と持たないと思ったよ。これまで新しい人材を雇ったが皆途中挫折だった。」そして「半年後に組織改革をするので、新たな組織図と業務権限規定を作ってほしい」とのことだった。わたしは自分に都合よく新組織図を作り、わたしは企画室長」に就任した。そこで、わたしは総務課の若い女性従業員に「すまないが、課長職以上の人の誕生日を教えてほしいんだ」「何に使うんですか?」「ああ、上司にゴマをするためだよ」わたしは入院した時に知った四柱推命学で各部長の性格を知って、上手に人間を扱わなきゃならない。果たして四柱推命学が本当に役に立つのか実験してみよう。「やっぱり」と思ったのは幹部はみんな親族ばかりであり、外様の幹部はM銀行出の総務部長だけであったことだ。創業社長のHさんは、強烈なワンマンであった。要する和菓子職人の徒弟制度と同じで親分子分の関係である。


最初の一年はH社長とわたしの関係はぎこちなく、お互い人見知りをするような感覚であった。たたき上げの社長は本社全員に聞こえる声で「毎日、机に座って、新聞や本を読んでばかりいる奴に給料を払うわけにはいかない。そんな時間があるなら、お菓子の一つでも売ってこい」とわたしに向かっていう。わたしはわたしで「これが仕事なんだ、ということがわからないんだな、この会社は。調査、分析、予測が必要だとは思わないのかなあ、この会社は。何しろ書式すらないんもんな」と、こちら大声で独り言をつぶやいていた程だ。しかし、ある時、部長会で大船駅前に新店舗を出したい、とH社長が言った。どういう訳かこの時は部長全員が「売れる見込みはない」と猛反対したのだ。企画室長のわたしはこの時はじめて発言した。「この店は、商品構成をこのようにして、店舗はこうで、ディスプレイはこうで。そして売り上げ見込みはこういう理由で大いに期待できる」と反論し、H社長とわたしだけが賛成だった。部長連中は「お菓子のことを何も知らない奴に言われたくないわ。そんな簡単にいかない」論戦の末、最後にH社長の鶴の一声で「じゃあ、君の案通りに出そうじゃないか、失敗は許さん」ということになった。結局大船店はうまい具合にすぐにトップ店舗になった。それ以来、わたしとH社長はきわめて深い信頼関係となった。これまで180度敵対関係だった二人が一挙に同士になってしまったのだ。
そして、四柱推命の人物分析はやはり的確だった。以前のわたしであれば「今年の達成目標はこれです。わたしは間違いなくあなたに伝えましたからね。やらないのはそちらの責任ですから。あとはご勝手に」という態度だったのが、この会社では、その部長が聴く耳をもってくれるタイミング、状況、癖、性格などがつかめるので、非常にコミュニケーションが楽になったのだ。やはり四柱推命学は役に立つ。おまけにH社長という人物像もつかめた。非常に技能に厳しい人で、一途に、本気に物事に取り組み、絶対にブレない人なのだ。頑固の中の頑固者なのだ。己に自信があり、他の誰をも信用せず、己だけを信じる。だが、そんな人がいつの間にか、わたしにだけは心の内を全部さらけだしてくれるようになった。H社長の娘さんがある時「私は信じられないのです。父があなただけは特別な存在だというのです。そんなに信頼できる人があなたなのですね。これまでの父にはなかったことです」といったくらい、家族、身内だけでなく、誰もがわかる二人の絶対的信頼関係」となったのだ。これまでのわたしには考えられないことだ。「人は敵なのだ」「人を蹴散らし、結果で勝つ」だけを考えて生きてきたのだが、Tばあさんが現れてからというもの、わたしをこんなに信頼してくれる人と出会えるなんて思いもしなかった。わたしははじめて「信頼感」のすごさ、本気の関係に感動できたのだ。ほんとの力とは己だけの才能や気合ではないのだ、人との信頼関係のことなのだ。こうして、H社長とのつきあいは7年間続いたのだ。永久に続きたかったのだが。


2・三番目の天使


このようにH社長の参謀として充実した日々を送っていた。ある休みの日の午後、わたしは明治時代に鉄壁の官僚組織を作った山形有朋の屋敷跡をみたくなって世田谷区の成城というところに行った。「なんか殺風景なところだな、駅のそばだけビルがあり、高級住宅があるが、そのまわりは畑ばかりで人通りは少ないなあ。結構田舎だ。でも空気はいいな。」


のんびりゆっくりと歩いていると、後ろから「今日はいい天気だねえ」という声があった。 「誰かと話しをしている年寄りがいるんんだな」と思って振り返ると誰もいない。そこで「ほんとですね」と思わず返事をしてしまった。白髪で金縁の眼鏡をかけた品のよい長身の老人であった。雑談をしながら駅まで来ると「きみ、急ぎかね。そうでなければわしの家によっていかないか?」「そうですね、伺いましょう」古くはあるが凛としたたたずまいの邸宅であった。だがその玄関には「近代四柱推命学会・会長 福田守静」と書いてあった。「あなたは四柱推命の先生なんですか?実はぼくもそれを勉強したことがあるんですよ。これは縁ですねえ」その翌週から、毎週土曜日の午後に、この老人から四柱推命を習うことになった。老人は個性学が得意だが、後天運についてまだ研究中の人であった。


半年がすぎた頃、わたしが尋ねるのと入れ違いに、いかにも偉い人ということがわかる紳士が出てきて、急ぎ黒いハイヤーに乗って帰っていった。それがその翌週も、次の時も同じ光景を見るようになった。「考えてみれば、たかが占い師なのに、この老人はこんな豪邸に住んでいるのは不自然だな。それにいろんな偉そうな人が出入りしてるのも変だ」そこで老人に聞いた「先生。先生は一体何者なんですか?」「もう君には話してもいいだろう」実はこの85歳の老人は光学機械メーカーの元二代目社長でもあり、戦前は戦争兵器をつくっていた政商で、日本の財閥の一員でもあったが、敗戦となり財閥解体命令が出され全財産を没収されたのだ。その後河野一郎農林大臣と組んで、神田の青果市場のドンとなり、当時の自由党党人派の大物、大野伴睦などを子分にして、農業経済界のドンとなったバリバリの国粋主義者でもあった。ある日、政治家達と料亭で飲んだ帰り、四つ角の辻占い師に呼び止められ「あんたは、もうすぐ一文無しになるよ」と言われたそうだ。当時絶好調だった訳で「まさか、ありえない」と思ったそうだ。だがやはりアメリカや政治の動きの中で、財閥が解体され、瞬く間に占い師のいう通り、自分名義の財産が一瞬にして無くなってしまったのだ。そこではじめて運命というものに関心を持つようになり、今の姿になったのだそうだ。そして元総理大臣宮沢喜一の義理の兄でもあり、いまの政治家の相談役、裏のまとめ役にもなっているのであった。驚くことに、与党、野党、それにどの業界とも血のつながりがあるのだ。やはり今でも日本のトップ階級は血でつながっているのだ。そして「金」は「命」であり、「約束」も「命」だ、ということがわからせられた。 政治の裏は金と密約なのだ。


「よし、君にわしの話をした以上、これからは君には帝王学、人間学を教えて行こう。君はどこかわしの若い頃に似ておるからな」それ以来、政治、商売、人の使い方、人生の裏、かけひき、などさまざまな人生の知恵の話をする二人となっていった。こういう中でも、わたしはKという和菓子会社幹部であったので、老人のコネで池上本門寺をはじめ、横浜三渓園など数々の有名な会社が得意先になってくれたのである。わたしは、この老人を「成城のご隠居」と「いつの日からか呼ぶようになっていた。何かわたしの人生と共通する点があるような気がするのだった。


3・「その世」の人生


このようにして、わたしはTばあさんとK会社の社長と成城のご隠居という、腹を割ってつきあえる貴重な人と信頼関係を得ることができたのだ。そのような日常が続いていたのだが、K会社の創業社長と息子の二代目社長候補の間で争いが始まったのだ。わたしはそのど真ん中にいて、毎日神経を緊張しつづけなければならなかった。夜中に家に戻り、いち早く寝るために酒を飲み、翌日はだれよりも早く出社する日々だった。


そんなある日の夜中に、あの落下事故が起きてしまったのだ。なんとわたしの入院費、手術代金などすべてはK会社の創業社長が支払ってくれていたのだ。そしてあの「天の声」によって、「あの世」ではなく「その世」に来ることになり、これまでの「この世」での自分の生き方を見つめることになってしまったのだ。「これからわたしはどうここで生きることになるのだろう」と考えるのをやめて、天にお任せすることにした。Tばあさんはわたしが落下事故を起こした半年後に他界された。あるH社長は会長職になっていた。


ある日、成城のご隠居を訪ねた。ご隠居はわたしが想像する以上にわたしのことを考えていたらしい。「おお、戻って来たか」まるで落ち武者のようなわたしを見ながら勇気づけようと一生懸命だった。「君は、これからは現代四柱推命学会というのを作りなさい。その会長となって、この学問を広めるのだ。これは君しかできないことだ。名前も考えてある「瑞祥」とういのをな。陰陽五行哲学は君も知るごとく素晴らしい学問だ。これまで君に教えてきたことを活かして、わしのためにもやってほしい。わしはもうすぐ死ぬだろう。君にやってほしいのだ。」「先生、同情するのはやめてください。いくら落ちぶれたといっても、これをわたしがやるなんて。こんなの男の仕事じゃないですよ。これで食える訳がないですよ。第一はすかしいです」と断った。


「しかし」と数日後ご隠居の言葉を改めて考えてみた「ひょっとすると、これは天のしわさなのかも知れない。天がご隠居に言わせたのかもしれない。運命とはこれのことなのかも」と。ちょうどその時に読んでいた本が、司馬遼太郎の「箱根の坂」だった。主人公は後の 北条早雲で、中年は戦いに敗れ、力の抜けた落武者で、伊勢新九郎と名乗っていた。「この姿は今のわたしにそっくりだ。」戦国時代では寿命が50歳だったのに、65歳ころから活躍し、トップに登った人でもある。よし、この苗字をいただこう。そう決めて、また成城ご隠居のところに行き、宣言をした。「ご隠居わたしやります。現代四柱推命学会、会長伊勢瑞祥でやります」と。「でもまだ「時」を自信をもって解明できていません。自信ができるまで少し時間をください」


そうして、時を解明すべく、いろいろな書店でさまざまな本を立ち読みする毎日が続いた。 一か月が経ったある日、哲学の本を探しているのに物理学のコーナーに来てしまった。だがそこに「時」「時間」に関する専門書が何冊が並んでいた。「そうだ、時間を追及していた学問って物理だったんだよな」と全部買って読んだ。同時に陰陽五行学の思想についても読み、二つの学問を同時に学ぶことになった。「なんだ、物理でいっている時の捉え方と陰陽五行で言っている時の概念とは全く同じなんだ。これはすごい発見だ。そして時の計算は数学で教わった方程式如きで解明できてしまうんだ。」と。それから生年月日のわかった人たち約千人でチェックした。すると8割の正解を得た。「これはすごいことを発見したぞ。昔からのどの占いでも、運勢学でもできていない。そして現在世界のどの予測者、占い師、預言者にも解明できていない論理だ。これがわからなきゃ時を語ることはできない。これなら、一流のプロとしてやっていけるな。恥ずかしくないな。誰にも負けないな」と自信が漲った。


やはり、「その世」は天がリードしてくれる世界なのだ。あの結核性カリエスが四柱推命というものをわたしに意識をさせくれた。そしてK会社の社長という大きな人物と知り合えることとなり、さらに成城のご隠居とはその四柱推命が出会わせてくれた。まだその時まさか、これが天職とは思わなかった。あの夜のあの「天の声」によって、それまでの自分を捨て去り、違う人間になれたからこそ、この仕事をしていいぞと天がリードしてくれたのだ。だから、これは天がわたしに与えた職、すなわち天職なのだ。


「その世」で暮らしはじめて、以前「この世」にいた時の自分とは全く正反対の自分をやっている自分に気が付いている。それは天とともに生きていられる、という点で、これが実に「生きる自分を充実させてくれ」「生きていることを喜べる」のだ。この世の自分は、「人を見たら売り上げと思え」「人の不幸を喜ぶ」「人が邪魔で嫌いだ」「人はバカだ」「弱い奴は死ね」という実にいやな人間をやっていた。そして我が強く、すべてに逆らって生きていた。


だが、伊勢会・陰陽五行学を主宰することになった「その世」の自分は「人を愛する、大切にすることができる」「人が好きになっている」「人生は尊いものだ」「天とともに歩いていて一切の不安も損失もない」のだ。それに運というもの、時のメカニズム、の画期的なノウハウを知ることができ、それで人々に喜んでもらっている。人が幸せをつくる姿を見守ることができ、人と一緒に結果をだして、喜べる。それだけで十分生きていけてるのだ。もう30年近く継続できていて、とくに欲を出さなくても生活できるようにしてくれているのだ、天が。そうなのだ、こういう仕事をするには、本物のふさわしい人間になれていなければ天職にはしてくれないのだ、ということがよくわかったのだ。


4・いまだ解けぬ謎


このようにこの世とその世という二つの世界を歩くことになったわたしなのだが、いまだに解けていない謎があるのだ。


1・あの落下事故の時、それまで意識がなかった私が、どうしてベランダにぶら下がって、いまにも落ちそうな寸前の、まさにその時に意識が戻ったのか

2・そして右耳の上の方から耳の奥に来た「あの声」の主は一体だれなのか、またどうして右耳なのか

3・落ちていく時、どうしてスローモーションで天然色の幼い時の楽しい情景が出てきたのか。なぜ嫌な情景は出てこなかったのか。

4・落ちた後、どうして倒れている自分を自分が見ることができたのか

5・無意識の世界にいて、突然山や池や船や行列が出てきて、どうして二人一組でないと 乗船できないのか。さらに「おつれさん」とは一体だれなのか
さらに、ある程度は察しがつくのだが、次のことも謎といえば謎なのだ

6・せっかく手術が成功し、再起できたはずなのに、どうして「よし、また働くぞ、家族の元へ戻って一緒に暮らすぞ」と思わないのか。これが天がわたしに「その世」で生きるための鉄則というか、絶対条件だったのか。「その世」に来ても、「この世」の人たちともつきあえるし、その世とこの世を出入りもできる。一見何も変わっていないのだが、絶対にもとにもどってはいけないのだ。下の子供が20歳になった時、どこで知ったのか、突然わたしの事務所を訪ねてきた。「いやあ、びっくりもし、大変うれしくもあった」それから上の子供も尋ねるようになっていた。一緒に居て、楽しく過ごすのだが、結局最後には「じゃあ、またね」といって別れるのだ。お互い決して、「また一緒に暮らそう」ということにはならないのだ。わたしは生きているのだ、ということだけでいいのだ。

7・わたしの仕事はただ人を待つだけの仕事なのだ。だが、どうして毎日毎日、人さまが来てくれるのか、そしてみな喜んで、元気になっていくのか。わたしはただ陰陽五行学で分析したことを伝えるだけなのに。そしてお金を催促しないのに、自主的にお金を払ってくれる。この世では「いかにこの人からお金を巻き上げるか」という姿だったが、いまはお金より、その人がいかに自分の運、時をつかんで人生を実現できるかだけを考え、それだけで喜べるのだ。以前は人がピンチ、不幸になっているのを喜んでいたが、いまは人が幸福を実感してくれることを喜べるのだ。今のわたしは「怒る」ということがないのだ。

8・ただそうやって生きているだけで、どうして生活ができるのだろう。資金繰りというものをしたことがない。それでどういう訳かお金が回っているのである。これも天の仕掛けなのか。天職だからなのか。

9・どうして、わたしはいままで誰も解けなかった、時の分析ノウハウを見つけることが できたのか。これも天の仕掛けなのか。


これらがいまだ解けぬ謎なのである。


第四回に続く

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