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ISEKAI(伊勢流陰陽五行学)連載記事

天然居士・伊勢瑞祥<誕生秘話> 第四回

第四回

1・営業開始:


平成4年になって、わたしは「現代四柱推命学・五輪会 会長 伊勢瑞祥」という名刺を作った。ご隠居の住所で、電話を一台つけて奥さんに電話番をしてもらうことにした。会員制にして、丸一年間3万円を支払えば、何度でも無料で鑑定するというものだった一回3万円では高すぎるし、一年間何度でもいい、ということであれば割安感が出ると思ったからだ。それに固定客を獲得した方が得策だとも考えた。毎日成城や下北沢、渋谷辺りを歩き、店に名刺を置かせてもらったり、理髪店や美容室などを回ったりしていた。「こんなことしかできないなあ、ま、じっくり行くかあ」と歩きながら考えていた。するとある日、一人の若い女性から「観てください」と電話が来た。「じゃあ、明日の午後2時に渋谷東急ビジネスホテルの一階ロビーでお会いしましょう」やってきたのはすごい美人だった。お客さん第一号だ。一時間半くらい熱心に話をし続けていた。「今日は観て下さってほんとにありがとう。よくわかりました、助かりました」「いいえ、こんな答えでよかったでしょうか?」「もちろんよ。でも一つだけ言っていいかしら」「はい、どうか言ってください」「あなた今日私に鑑定してくださったけど、背広上下にネクタイ姿でしょ。それじゃ、聞いてる側の私にとって、なんか鑑定を受けてる、という実感が涌きにくいです。今度からはやっぱり普通の人でない、特殊な人なんだ、という服装、雰囲気を作られた方がいいと思いますよ」なるほどと思った。それ以来、わたしはスタンドカラーのカラーシャツを着ることに決めたのだ。


その女性は、銀座のホステスで、21歳だった。ホステスをやめてスポンサーに出資してもらって、エステティックサロンをオープンしたい、とのことだった。果たして、うまくいくのかどうか、いつ頃契約ができ、いつ頃スタートできるか、そしてそのスポンサーと彼女の相性、今後の行方は、といったことが要件であった。ほんとに満足してくれたのだろうか。でも彼女、Sさんは3万円で、五輪会の会員第一号になったのだ。


数日後、彼女からまた連絡があった「私の女友達があなたに観てもらいたいそうです」その人、Kさんはフラワーデザイナーだった。会員第二号となってくれた。わたしはほとんど相手の顔色をみないのだ。自分でつくった命式表をみながら鑑定するスタイルだ。話の仕方はかなり下手だったが、相手にはその方がかえってよい印象を持ってくれたようだ。数日後またSさんから電話があった。「あなたにご紹介したい人がいるんです」代官山に住む、有名なアロマテラピーの先生、Mさんだった。この人が第三号になってくれた。そしてMさんは自分の生徒30人を紹介してくれて、みな会員になってくれたのだ。さらに今度はKさんが友達を紹介してくれて、その紹介された人がまた人を連れてきてくれて、またたく間に五輪会会員が百人になってしまった。


「そうなのか、この仕事は口コミの世界なんだな。お逢いしたその人に誠意をもって接して、しかも答えが納得でき、結果が正解であれば、それだけで評価や評判は広がるのだな」とツがつかめた。「この仕事は、ふつうの仕事と違って、誠意ある態度、真剣に聞く態度だけで通用するのだ。しかもこのわたしの持つ分析ノウハウが正確で、的確であることが強みなのだ」ということも分かった、一人一人を大事にしよう。これこそ一期一会なのだ」
そして「人というのは、わたしの知らない人を、意外な人を知っているんだな。その人一人だけで生きているんじゃないんだ。それぞれに人脈というものがあるんだ」会員になった人の中に、「ぜひ教えてほしい」という人が数人現れて、下北沢の古びた区役所の会議室を借りて教えはじめた。


そのような調子で、早5年が経った頃には会員数が500人にまで増えた。その後Sリビング新聞社や産能短大、NTTなどの講師に呼ばれるようになり、ついにはNHK文化センター青山本校の講師にもなった。さらに、五輪会の法人会員になった社長さん達がさまざまな形で占いイベントをしてくれた。そして「成功運の絶対式」という本を小学館文庫から出版すると、何と半年で3万部も売れてしまった。「不思議なものだ、この仕事はただここに座っているだけで成り立つのだ。仕入れも在庫も飾り付けも不要なのだ。なにより人様が喜んでくれる。この分析ノウハウはわたしの想像以上に人様に感動を与えているんだ」


2・伊勢会発足


以後、年間平均400人のスケールで会は10年以上続いていた。ある夜、会員の社長主催の忘年会に招待された。8人づつ10テーブルがホテルの部屋にセットされていた。わたしの隣にNさんという老人夫妻が座っていた。「君が伊勢さんですか?」「はい」「君のことは社長からいろいろ聞いているんだ。わしは元宮内庁にいたんだが、今は伊勢神宮の世話役のようなことをやっておるんじゃ。どうして東京に伊勢という名の人がいるんじゃ、と思って関心をもってたんじゃ」「あ、そうだったんですか」「陰陽五行をやってるんだってね。」という話からいろいろはずんで、しまいには「君、わしが君の会の応援団長をやろうじゃないか。会の名前を「伊勢会」にしたらどうだねということになり、わたしはすぐにそう決めた。


翌年が明けてすぐに六本木ヒルズで「伊勢会発足パーティ」を開催すると250人の人が来てくれた。それ以降、現代四柱推命学・五輪会から「伊勢会・陰陽五行研究所」としてスタートすることになった。その時から毎年伊勢神宮ツアーを続けた。伊勢のNさんのお膳立てでいろいろな神宮の顔をみせてもらい、強いコネクションを得たのだ。


このように、お会いできたその人を一期一会で、誠意をもって対処するだけで、これだけ の人の集まりができる。人と人とが独り歩きで、広めてくれる。「信頼を得る」ということは大変な力なのだ、ということが強く判らされたのだ。


天がわたしを「その世」に来させて、伝えたかったことは実にこのことだったのだ。だが、それだけではない、天はわたしが「画期的な運勢分析ノウハウ」を発見できるように運んでくれたのだ。ほんとにこのノウハウは素晴らしい。人々がこんなに喜んでくれる。そして わたしが提供した分析に基づいて、実行してくれて成功を掴んでくれている。会員さんと一緒に結果を喜べる仕事なのだ。天職、ほんと素晴らしい。


その伊勢流・陰陽五行学の運勢分析ノウハウはどれほど正確で、的確なのか。


3・伊勢流・陰陽五行学:


わたしの四柱推命学は、他の人が説明するものとは全く違うものである。そして陰陽五行 哲学で提唱している「五行の相生相剋の法則」の解釈の仕方も全く違っているのだ。さらに過去、現在、未来の「時」の分析もわたしにしかできていない。そこでわたしは他の四柱推命と差別するために、「伊勢流・陰陽五行学」という名称にしたのだ。


古代中国の自然哲学では、面白いことに古代ギリシャ哲学と同じ頃に同じことを唱えていた。それが「陰陽五行哲学」であり、「陰陽論」と「五行論」という二つの考え方でできている。「陰陽論」とは、天地万物はすべて陰と陽から成り立っており、その陰と陽とが交互に現れる、といういわゆる「二元論」の発想である。これは、世の中の事象がすべて陰と陽という対立した形で世界が出来上がっているという原理である。明暗、冷熱、乾湿、火水、 天地、表裏、上下、凹凸、男女、剛柔、善悪、吉凶など。人間の精神は天の気、つまり陽で、 肉体は地の気、つまり陰だ、ということになり、生はその精神と肉体の結合、死は両者の分離であると説く。「陰と陽はお互いに消長を繰り返し、陽が極まれば陰が萌してくるというようにして、新たな発展を生む」といっている。


一方「五行論」は、古代中国の「夏」という時代の聖王「兎」が作った原理だと言われている考え方だが「天地のはじめ渾沌とした中で、明るく軽い気が陽の気をつくり、火となる。暗く重い気は陰の気をつくり、水となる。天上では火は太陽となり、水は月となり、これが組み合わされて五つに分類されていく。地上では火と水から五つの原素ができる」と説き、 これはすなわち、木火土金水という五行から万物が成り立っていて、それが相生相剋の法則によって消長し、結び合い、ぐるぐる循環することによって、あらゆる現象が出てくると考えたものである。


わたしはこの考え方を宇宙物理学の理論と照らし合わせたのである。特にホーキンズ博士のビッグバン理論とはきわめて似ている。古代の天才は天地自然というものから、ここまでのことを解明していたのか、と驚かされるばかりであった。それによって,わたしは五行の「相生の法則」とは「時の変化する順序を示す法則」であり、「相剋の法則」とは「物事の存在意義を示す法則」であることが解ったのだ。

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